■マコの傷跡■

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chapter 39



~ chapter 38 “理想” ~ 

金属加工の工場で働いているおばさんの中に1人、
夫婦間が上手く行かずに心療内科に通っている人がいた。
話を聞くと結構いい先生らしいし、薬のおかげでだいぶ楽だと言う。
私も、薬が欲しい。1人でも寂しくて壊れそうにならない薬。
人前でもドキドキしないで普通で居られる薬。
夜ちゃんと眠れて朝ちゃんと起きれる薬。

その人に紹介してもらった病院で、私は「不安神経症」と「対人恐怖症」と病名がついた。
先生いわく、母親との関係が上手く行かなかったせいらしい。
原因はよくわからないけれど、とにかく今を1人で過ごせればそれでいい。
睡眠薬と、精神安定剤をいくつかもらい、通院する事になった。
そうして人に頼らないようにする代わりに、薬に頼る事にしたのだった。

先生と何度か話すうちに「あなたは理想が高すぎる」と言われた。
それは人に対してではなく、自分自身に対しての、理想。
こうでなければいけない、と自分にいくつも難題を押し付け、それが出来ない自分はダメだと思う。
「もっと自分の目標地点を下げなさい。」
1つ登ったら次にもう少し高い目標、そこに辿り着けたら、また次の目標を作ればいい。
いきなり頂点に登ろうとしても無理だよ、という事だった。

思い返してみると私は何か人に「私はこれが出来ます」と言えるような事が欲しかったけれど
なかなか“ここまで出来るようになりたい”と思うラインまで到達せずに
結局、何事も諦めて止めるの繰り返しだった。
完璧に出来ないならやらない方がいいと思っている所があった。
これを変えて行かなくてはいけない。
まず何かひとつ、上手く出来なくてもただ続けていられるものを見つけよう。
とりあえず混声合唱団に入団した。上手く出来なくても、声は出るし、歌は歌える。
いくら理想が高いからといって、歌手になろうとまでは思わない。
あえて最終地点が曖昧なものを選んだ。

私は知らない人達の中に入ると疎外感を感じなくても済むように、必死で話すくせがあった。
例えば3人で居る時、私以外の2人が話していると輪の中に入れていない気持ちになるからだった。
自分が話していれば、他の2人は私の方を向いてくれているので3点の輪になる気がしていた。
とめどなくしゃべり、途中で自分でも何を言っているのかわからなくなったりした。
おかしな事を言ってないか、ちゃんと皆と同じに笑えているかがすごく気になった。
でも、どうやら私は演技が上手い方らしかった。
だいたい初対面の人は私をよくしゃべる明るい子だと思っていたようだ。
その代わり家では部屋に閉じこもり、一切表情を動かさずにじっとしている事が多かった。

合唱団でもやっぱりいつもと同じ様に明るいと思われ、
団の中でも1番、いつも元気な人、というイメージがついていたけれど
私からすると、団の中には たった1人も仲のいい人は居なかった。

それでも歌っている間は自分の声が他の人の声に混じって重なり合い、疎外感を感じなかった。



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